種の危機④

August 17, 2014

※ 画像は、除草剤耐性雑草、砂漠化した農地、殺虫剤耐性昆虫です。

「農業は森林の営みの模倣である」

 

「森林に果物の不作はない」この言葉は、カンボジア北部のプレアヴィヒア州の森林で、僕がキャンプしていた時に聞いた言葉です。よくよく観察してみると、森林には、図鑑にも載っていないような知らない植物ばかりです。確認できませんが、プレアヴィヒア州はカンボジアでも最も貧しい地域なので、すべて在来種だと思います。地元の人々は、そのあたりに生えている植物を採ってきては料理を作っていました。

 

調べて見ると、世界には50万種の植物が存在するそうです。それらは、35億年前頃に地球上に生命が誕生した頃から、すべての種が進化の過程に組み込まれながら遺伝子が引き継がれ、現在に至っています。

 

50万種の植物の中で、人間が食べられるものは2万種はあるということです。気候風土が異なる地域でそれぞれの植物が適応を繰り返して生き残ってきました。それらの生命を人間は食物として栄養源として取り込み、種(しゅ)の維持をしてきたのです。

 

食べられる植物が大量にある一方、スーパーマーケットや市場で売られている商品作物(販売して現金収入を得るための作物、換金作物)として食卓に上るのは、コメ、コムギ、トウモロコシといった穀類に、数えられる程度の野菜を加えたわずかな種類しかありません。戦前は、もっと多くの穀類や野菜を食用にしていたという記録が残っています。

 

なぜ、食の多様性が失われていったのでしょうか?

 

そのきっかけは、1940年から1960年代かけて行われた「緑の革命」です。F1種の登場で、単一品種による農産物の大量生産が可能になったのです。

 

「緑の革命」の進行に伴い、化学肥料の投入、灌漑設備(水を川や湖から引いて農地を潤すこと)の整備や昆虫の食害を防ぐ殺虫剤や除草剤の散布・農作業の機械化などが推進されていきました。穀物の生産性が向上し、食料の大量増産を達成しました。

 

新しいF1種が開発競争が、世界各地で行われるようになりました。単位面積当たりの収量(単収・イールド)は増大し、食料不足から死に直面する人々を餓死の危機から救いました。これは「緑の革命」の最大の功績です。アフリカでは様々な理由で失敗に終わりましたが、F1種の導入によって始まった「緑の革命」は、農業の近代化を達成した成功例として称賛されてきました。

 

F1種を導入した地域では、確かに短期的には穀物の収量が飛躍的に増えました。しかし、負の側面も次第に現れるようになりました。その原因は、F1種と同時に導入される化学肥料と農薬(殺虫剤・除草剤)です。

 

F1種の栽培は、単一栽培による作物の大量生産が目的なので、大量の化学肥料を与えることが前提となっています。そのため同時に雑草も繁殖してし、その分だけ除草剤の量が増えてます。大規模農場による効率化のために単一作物を栽培するので、特定の昆虫による食害に見舞われることも多く、殺虫剤の使用量も増えていきます。

 

「緑の革命」以降の近代農業(慣行農法)は、短期的には確実に収量が増えます。しかし、持続可能な農業という視点に立つと、化学肥料による土壌の酸性化や塩類化(農地の水の蒸発量が降水量を上回る乾燥地帯で,農地の水の蒸発によって塩類が土壌に集積し砂漠化の原因となる)による劣化や、農薬に耐性を持つ雑草や昆虫の増加など、負の側面も目立つようになってきました。

 

F1種、化学肥料、農薬(殺虫剤・除草剤)、灌漑設備は、近代農業(慣行農法)では当たり前のように考えられています。これらの資材や設備を負担する費用は、直接、間接的に、農家が支払わなければなりません。

 

在来種を保管していなかった地域は、F1種を使い続けなければならないのが現状です。

 

(続く)

 

※ コットンも他の商品作物も、同じ問題に直面しています。

 

 

 

 

 

 

 

Share on Facebook
Share on Twitter
Please reload

カテゴリー